こんにちは、発達障害克服カウンセラーの斉藤麻美です。
私は小学5年生のとき、友達を迎えに友達数人で友達の家に行くと友達の母親が出てきました。

すると今娘は時間割を合わせているからちょっと待ってねと言われたのです。

そこで私は時間割って何?と聞いたのです。
すると一緒に迎えに来ていた友達数人が「明日の時間割を合わせてるんじゃないの?」言ったのですが、何を言っているの全くわからなかったのです。
なぜなら、私の時間割は母が合わせていたからです。
巣から落ちた雛鳥が餌の前で口を開けて待っているだけで一向に食べようとしないのと似ていますね。
雛鳥はいつも母鳥に餌を口まで運んでもらっていたので、口を開ければ自動的に餌が口に落ちてくると思っているのです。

私もそれと同じで時間割を合わるということを知らなかったのです。
ランドセルに必要なものが適切に入っている理由を知らなかったのです。
時間割を合わせなければ、ランドセルに翌日の教科書が入っていることはあり得ませんが、そんなことは考えたことがなかったのです。
大人になっても食材の流通を知らない人もいますが、そんなことから切り身が泳いでいると思っている子供もいるようです。

私は時間割を合わせるどころか、時間割という概念も言葉も知らなかったので友達に盛大にバカにされ、とても惨めな思いをしたことや、初めて知る世界にとても驚いた記憶があります。
その日の夜、母と大喧嘩をしました。
時間割を教えてくれなかったことについてです。
母はその日だけ、母が時間割を合わせただけと誤魔化せばいいよと言ったのですが、それも腹が立ちましたね。
当時の私にとっては小学5年生にもなるというのに未知の世界で難解なことだったのです。
ではなぜは母この年になるまで教えることを放置したのでしょうか?
私は30代になってから人生で初めて発達障害を疑われたので、当然それ以前に診断されるようなこともなく、何かに遅れをとっているという認識は両親も周囲もなかったのです。

周囲が本当に何も思っていなかったかどうかはわかりませんが、少なくとも指摘されたり、噂されたりもなかったのです。
でも、なぜか母は私に時間割の概念や時間割を合わせることを私が指摘するまで教えようとしなかったのです。
もしも、あの事件がなければいつ教えてもらえたのでしょうか?
あるいはいつの間にか自分でやるようになっていたのでしょうか?
ただ、時間割の概念を知らなかったので、自然と自分でやるようになるためには相当先だったと思います。
時間割を合わせる習慣は、一般的に小学1年生の入学直後から夏休み前までに覚えさせるのが一般的です。
多くの家庭では、入学直後は親が一緒に確認しながら進め、徐々に子どもが一人でできるようにステップを踏んでいきます。
ではなぜ我が家ではそれがなかったのでしょうか?
うちの子は不器用でおっちょこちょいだからという大前提があったのだと思います。
だから母親がしてあげないとという思い込みがあったのかもしれません。
過保護だったのでしょう。

他にも気づいていないだけで子供の成長発達を妨げるような手助けは多くあったのではないかと思います。
その結果、自分で考えて行動することが苦手な人間になってしまったのです。
とはいえ、自分で考えて行動することが得意という認識がありました。
それは両親や先生、友達からもなぜか高く評価されていたのです。
不思議ですね。
こう言ったことが発達障害を拗らせた原因です。
得意に幼少期の経験は大きく影響するものです。
あなたも似たような経験はありませんか?
思いつかない場合でも、よくよく考えてみると発達障害を抱えている人には思い当たることがある場合が多いです。
そこを振り返り、あなたの弱点を明確化しそれを克服することで発達障害を克服しましょう。
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