こんにちは、発達障害克服カウンセラーの斉藤麻美です。
あなたは普段どんな生活をしていますか?
どんな目標を持っていますか?

学生や社会人など人によって環境は様々なので、それによって目標も違うのは当然です。
もしかしたら不登校や引きこもりなどで何もできていないかもしれません。
それでも全く目標がない人というのはいないはずです。
どうしたらもっと良い状況になるのか、誰もが考えるはずです。
そこで本日は努力の仕方についてお話ししようと思います。

努力は報われるなどと言いますが、成功者とそうでない人とでは大きな差があります。
その時、本当に努力は報われるのか疑問に思いませんか?

そもそも「報われる」などという動詞を使っている時点で怪しいと思いませんか?
本当に努力が報われるなら、淡々と当たり前にしれっと報われるのならばそんな表現はしないはずなのです。
ドラマでいうエキストラのようにいないとおかしいけれど、いても存在感がない存在のようなものであるはずです。
努力が本当に報われるものならば、静かに勝手に気付かないうちに達成しているものなのです。
でもそうではないですよね。
努力は報われないことも多いのです。
私もその1人でした。
誰が見ても人一倍努力家と言われて育ってきましたが、人並みどころかそれ以下だったのです。
私は実力不足で何度も解雇されてしまったのです。

努力は闇雲にしても成果が出るとは限らないのです。
何をどのように努力するかが大事なのです。
それは当たり前といえば当たり前ですが、それができていないから成果が出ないと思ってください。
間違いなくそのせいです。
能力不足が原因ではありません。
両親の言葉も何が間違っているかを探すヒントになります。
無意識の言葉があなたの可能性を奪っていることもあるのです。
私は母と話しているときに「要領を得ないからもっと論理的に言ってほしい」とお願いしたことがあります。

論理的ではなく、具体的という表現でも良かったのかもしれませんが、論理的という言葉に強い嫌悪感を示されたのです。
そんなことよりも気持ち、思いやりが大事なのだと激怒して説教を受けました。

私には論理的思考が全くなく、一問一答形式で物事を覚える癖があったのです。
一問一答というと一夜漬けのイメージやその場しのぎのイメージがありますが、私の場合は常に一問一答形式でした。
その理由は自分は能力不足でダメ人間だから理解できるはずがないのだと思い込んでいたのです。

私は努力家と言われてきたので、理解することに重点を置くことを誰からも評価されてきたのにです。
理解することに重点を置いている自信もありましたが、そんな実態はありませんでした。
今ではそこを克服したので、大丈夫なのですが、母から論理的に考えることを全否定されたときに私の思考の根源はこれかと思ったのです。

論理的思考をしてはいけないという無意識の空気の中で成長してきたことを悟りました。
一問一答形式の問題でどうしてその答えになるのかを深く考えたことが1度もなかったのです。
それなのに堂々と理解することを重視していると思い込んでいたことが恥ずかしいです。
全く気づきもしませんでした。
そのことに気づけたので、理解力が突然上がり、発達障害を克服できたのです。
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